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きまぐれハイキング


現在位置:ホーム>横須賀・三浦半島>はやま三ヶ岡緑地と葉山・逗子海岸散歩(1)
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はやま三ヶ岡緑地と葉山・逗子海岸散歩

JR横須賀線逗子駅→(京浜急行バス)→旧役場前バス停→はやま三ヶ岡緑地(東峰広場→山頂広場→展望デッキ→西疎林広場)→熊野神社→森戸神社(裕次郎の碑、千貫松、ビャクシン)→森戸海岸→永楽家→旗立山(鐙摺山)→渚橋→石原慎太郎文学記念碑→蘆花記念公園→郷土資料館→長柄・桜山古墳群→六代御前の墓→JR横須賀線逗子駅

はやま三ヶ岡緑地

写真:旧役場前バス停前三ヶ岡緑地入口

逗子駅からバスに揺られること約10数分、旧役場前バス停でバスを降りたら、道路を渡って逗子駅方面に少し戻ります。同じバス停の逗子方面の乗り場脇に「はやま三ヶ岡緑地つつじコース」と書かれた案内柱があるので、ここを左折します。住宅街を少し歩くとすぐに階段があるので、ここを上っていきましょう。

写真:はやま三ヶ岡緑地(つつじコース)

「山頂まで約700メートル」の案内板や、はやま三ヶ岡緑地の案内図前などを通過して歩きます。つつじコースというだけあって、コース両側には背の低いツツジが植えられています。

写真:はやま三ヶ岡緑地(東の尾根コース)

まむしに注意の看板のところで道なりに左に曲がると、東の尾根コースとなります。ところどころに階段があるものの、それほどきつくはなく快適に歩くことができます。

写真:はやま三ヶ岡緑地(山頂広場)

右手に葉山の海が見えるところを通り過ぎてさらに歩くと、山頂広場に到着です(大峰山148メートル)。ここにはあずまやと数組のベンチがあります。右に分かれる「あじさいコース」を下ればかながわの花の名所100選にも選ばれている葉山あじさい公園となりますが、ここは直進して尾根道を歩きます。

写真:はやま三ヶ岡緑地(展望デッキからの眺望)

雑木林の中の緩やかな散策路を歩いていくと、展望デッキに到着します。デッキの柵には「関東の富士見百景」のプレートが取り付けてありました。ここからは江の島や富士山のすばらしい眺望が楽しめます。

写真:はやま三ヶ岡緑地(西疎林広場)

展望デッキから急な階段を下りて西の尾根コースを先に進みます。木の柵に囲まれたコースや共同アンテナのようなところを通り過ぎると、西疎林広場となりますが、ここはこれまでと木の植生が少し違うような気がします。ここから急な階段のある真名瀬(しんなせ)コースを下っていきましょう。

写真:熊野神社

階段を下りきると熊野神社がありました。小さな神社で由来などの説明はありませんが、社殿のすぐ隣の木がなかなか立派です。ここから住宅街を抜けるとすぐに県道207号線となりますが、正面には裕次郎灯台森戸神社の鳥居の向こうに、美しい富士山の姿が見えています

見どころ満載 森戸神社から渚橋へ

写真:森戸神社

昼食は葉山で行列ができる店として評判の魚佐にしようかと店の前まで行きましたが、順番待ちの人がいたのでさらに歩きます。県道を少し進むと森戸神社の入口があるので左に曲がります。

写真:裕次郎の碑

森戸神社の裏手はちょっとした広場になっていて、いろいろな見どころがあります。まずは写真の石原裕次郎記念碑。ここから海岸に下りると漁協の皆さんがワカメを干す作業をしていましたが、これも葉山の風物詩なのでしょう。ほかにもかながわの名木100選に選定されている「森戸大明神のビャクシン」や「千貫松」などの名木、各種の記念碑があります。

ポイント 森戸神社のヒビャクシン(飛柏槇)は、源頼朝が森戸神社を参拝した際三島明神から飛来して発芽したと伝えられています。 神社の裏側右手に「かながわの名木100選」の案内板があり、その前に小さな階段があるのでここを上ります。この付近にはビャクシンの木がたくさん植えられているので、どのビャクシンが名木に指定されたものかよくわかりません。「海上にのりだした姿」という案内から写真のビャクシンが名木に指定されたものと信じて撮影しました。

写真:森戸海岸を歩く

みそぎ橋を渡ってしばらく海岸を歩きます。今日も非常に寒く強い北風が吹いていますが、それでも釣りや自転車、ボードセイリングなど、皆さん元気一杯に遊んでいます。

写真:和菓子の店 永楽家

海岸から適当に県道に戻ったところに、創業明治42年の和菓子製造販売所、永楽家がありました。こういう建物を見ると写真を撮らずにはいられません。撮影後は県道を逗子方面に歩きます。

写真:脇町の庚申塔

しばらく県道を歩くと、葉山町の文化財に指定されている脇町の庚申塔があります。この道が古くからの道であることが伺われます。

写真:日影茶屋

さらに県道を歩いていくと、右手に日本料理店として有名な日影茶屋があります。日影茶屋と道路をはさんでちょうど反対側に階段があり、旗立山(鐙摺山)の説明板があったので、階段を上ることにしました。

写真:旗立山(鐙摺山)

階段を上るとすぐに平らな広場となります。かつて源頼朝がウマに乗ってここを上った時、「鐙(あぶみ)が摺(す)れた」ため鐙摺(あぶずり)山といわれるようになったそうで、別名旗立山ともよばれています。広場の一角には曽我物語で知られる伊藤祐親入道供養塚があります。

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